Culture

おさんぽ案内人が行く西ノ京散歩 奈良平城の都の大寺を参拝

※bouncyではアフィリエイト広告を利用しています。記事で紹介した商品を購入すると、売上の一部がbouncyに還元されることがあります。


奈良市の西部に位置する西ノ京は、かつての平城京の西側にあたる。のどかな田園風景が広がる中、古墳や大寺が点在し、いにしえの都の面影を色濃く残している。それらをたどって歩けば、千数百年の時を超えて息づく大和路の歴史を、感じることができるだろう。

宝来山古墳の拝所。頂上から長持型石棺が出土した
尼ヶ辻駅に近い宝来山古墳の後円部

近鉄尼ヶ辻駅から歩き始めてすぐに、巨大な宝来山古墳が姿を現す。4世紀後半頃の築造と推定され、第11代垂仁天皇の陵墓に治定。陵墓の全長は227m、周濠を含めると330mに及び、規模は全国で20番目とも。その圧倒的な存在感は、周囲の穏やかな風景の中で、古墳時代の王の権威を象徴しているかのようだ。

周濠に沿って散策路が整備されている
宝来山古墳の前方部。付近の周濠は江戸期に溜池用に拡張された

不老不死の果実を探した忠臣と、お菓子の神様が眠る場所


宝来山古墳の周濠の南東部には、田道間守の墓と伝わる小島が浮かぶ。氏は垂仁天皇にまつわる伝説があり、天皇の命で不老不死の果実「非時香菓」を求めて常世の国へ渡り、苦労の末に持ち帰るも天皇は既に崩御。悲嘆に暮れた田道間守は、後を追って自害したことから、忠臣と崇められている。

伝田道間守の墓とされる小島。かつての周濠沿いの岸だったとも
伝田道間守の墓を望む遥拝所

この果実が現在の橘とされることから、田道間守はお菓子の神様「菓祖神」とも。拝所の石碑には「菓祖神田道間守命御塚拝所」と刻まれ、今も製菓関係者からの信仰を集めている。

天平の息吹を今に伝える、荘厳なる堂と静謐な御廟


宝来山古墳から南へ進むと、五条町の町域の半分を占める大寺、唐招提寺に至る。奈良時代に聖武天皇の招きで唐から来日した僧、鑑真和上が開いた、南都六宗の一つ・律宗の総本山であり、天平文化の面影を色濃く留める聖域だ。

天平様式の、五間三扉切妻造の南大門
扁額は奈良時代のものが現存。掲げられているのは複製

鑑真和上は、東大寺で授戒制度を整えた僧としても名高い。僧侶が守るべき規則「戒律」への誓いを立てる儀式のことで、僧が仏教徒としての自覚と規律を、明確にするための仕組みを確立したことが、その後の日本の仏教の発展に寄与しているといえる。

唐招提寺は、平城京の旧新田部親王邸があった地に創建され、後に和上を慕う人々の支援により、金堂や講堂が次々と建立。平安初期に全体が完成し、現在も当時の面影を残す壮麗な伽藍が参拝者を迎える。

天平期の境内を彷彿とさせる、堂宇が並ぶ
開山堂には鑑真和上の御姿を写した御身代わり像を安置

南大門をくぐると、8世紀後半の姿を残す金堂が姿を現す。正面の吹き放ちが開放的な寄棟造の建築で、堂内には盧舎那仏坐像が鎮座。隣接する講堂は、平城宮の東朝集殿を移築改造した、当時の都の様子を思わせる建造物。天平期の境内を彷彿とさせるこれらの堂宇は、当時の高い建築技術を現代に伝えている。

金堂。本尊の盧舎那仏坐像に、薬師如来像と千手観音像が並ぶ
講堂には本尊の弥勒如来坐像と持国天、増長天立像などが安置

境内の北側には、鑑真和上の御廟が静かに佇む。杉木立の中に苔むした地面が広がる空間は、開祖が眠るのにふさわしい、静謐な空気に包まれている。初夏には鑑真和上の故郷である中国揚州市から贈られた瓊花が咲き、夏には池のハスが見事な花を開く。大和と中国にゆかりある、豊かな自然に囲まれた、祈りにふさわしい場所である。

古びた瓦塀の土塀が続く先の門をくぐると鑑真和上の御廟
鑑真和上御廟。中央に宝篋印塔が立っている

写経勧進によって蘇った、極彩色の白鳳伽藍と双塔の美


唐招提寺を後にして南へ進み、西ノ京町に入ると、東側には薬師寺の玄奘三蔵院伽藍が広がり、正面には白鳳伽藍の與楽門が構える。薬師寺は680年(天武天皇9年)に、天武天皇が皇后の病気平癒を祈って発願した寺院。1991年(平成3年)には玄奘三蔵を祀る伽藍も建立された。

玄奘三蔵院伽藍中央の玄奘塔の入口に構える礼門
玄奘塔には玄奘三蔵のご頂骨(頭部の遺骨)が奉納

1528年(享禄元年)の火災で多くを失ったが、1968年(昭和43年)から始まった写経勧進により、白鳳伽藍が復興。金堂や西塔、大講堂などが次々と再建され、裳階がつけられた堂塔が並ぶ「龍宮造り」と呼ばれる壮麗な伽藍は、白鳳文化の華やかさを象徴している。

白鳳伽藍の中門。左右に西塔と東塔がそびえる
薬師寺は日本で初めて東西に塔を建立した双塔式伽藍

伽藍最大の建造物である大講堂は、法相宗の教えを学ぶ道場。本尊には弥勒如来が祀られ、現在も論義法会が行われている。さらに進むと、1981年(昭和56年)に再建された西塔が見えてくる。三重塔でありながら、飾り屋根の裳階を持つため六重に見える独特の姿は、往時の美しさを忠実に再現したものだ。

大講堂は僧が法相宗の教え「唯識」を学ぶ場
西塔は青塗の連子窓と扉や柱の丹塗り、金色の飾り金具が特徴

西塔と対をなす東塔は、730年(天平2年)造営と伝わる平城京最古の建造物。高さ33.6mを誇り、西塔の連子窓に対し、東塔は白壁となっているのが特徴だ。長い歳月を経て醸し出された枯淡の美しさは、新しく再建された西塔と見事な対比を見せている。

東塔の相輪上部の水煙には様々な天人の装飾が
二つの塔の周囲を囲むようにのびる回廊

平城京最古の塔と、慈愛に満ちた薬師三尊像に祈る


白鳳伽藍の中心に鎮座する金堂には、傑作と名高い薬師三尊像が祀られている。薬師如来を中心に、日光・月光の両菩薩が並ぶ姿は荘厳そのもの。上層の納経蔵には、復興を支えた数百万巻もの写経が収められている。

二階建の金堂。薬師三尊像は白鳳期の作

はるか昔から守り続けられ、人々の篤い信仰心から復興を果たした、西ノ京に点在する二つの寺院。田園の名刹を巡る道すがら、ふと足を止めて空を仰げば、古の人々と同じ風、同じように流れる時間を、感じられるように思える。

より詳しい動画はこちらから視聴できます。

CREDIT
Videograp :カミムラカズマ
Support :モゲ

RECOMMEND



PAGE TOP