広島市街から、瀬戸内海沿岸をクルマで西へ35㎞ほど。山口県境に近い大竹市の晴海臨海公園にある下瀬美術館は、広島市の建築資材メーカーの丸井産業が創業60周年を記念して、2023年3月にオープンした美術館。ユネスコのベルサイユ賞を受賞したことから「世界で最も美しい美術館」と称され、国内外を問わず注目を浴びているアートスポットである。
エントランス棟にはカフェとショップを併設
柱は天井と一体化した広がりあるデザイン
独創的な展示室は瀬戸内の風景を象徴 建物は建築家の坂茂氏の設計で、ミラーガラススクリーンを配した外観のエントランス棟を入ると、36本の木材を1本にまとめた巨大な2つの柱が、まるで大樹のようにそびえ立つ。注目は展示棟で、エントランス棟から渡り廊下で八つの棟が繋がり、いずれも水盤の上に浮かび水上を移動する構造なのだ。
下瀬美術館は「アートの中でアートを観る」がコンセプトで、その名も「可動展示室」と呼ばれるこれらの展示棟も作品の一つ。水上に8色のガラス張りの箱が浮かぶ姿は、瀬戸内海の島々の風景からの着想で、浮かせるために造船の技術を活用。まさに広島の自然と産業を象徴した、展示施設といえるだろう。
水盤にも可動展示室の色を映す
宮島とともに瀬戸内海に浮かんでいるよう
多彩な現代アートが響き合う企画展 下瀬美術館では、丸井産業代表取締役と両親が収集した、雛人形から近代絵画まで約500点の収蔵品を所蔵。展示は企画展が中心で、2025年10月7日〜2026年2月1日まで開催の「SIMOSE新コレクション展」では、新たに収蔵した現代美術家の松山智一、小松美羽、サム・フォールズの作品を、前後期に分けて展示している。
松山智一は、古今東西の絵画や大衆文化から引用したモチーフを再構築する「サンプリング」による作風が特徴。鮮やかな色彩と緻密な描写による独自の世界観と、平板ながら内面が伝わる表情の人物など、現代の浮世絵といった華のある印象の作品だ。動物や鳥、花や草木の絵には和の意匠も感じられ、人物画と目線が合うと言葉を訴られているよう。
展示室の内部はシンプルで作品が見やすい構造
松山智一作「Come Away With Me」
サム・フォールズは、カンヴァスに植物を配して染料を撒き、太陽光や雨風にさらして絵画化する手法。高さ3.6m、横幅45mを超える大作「Spring to Fall」は、曲面の大絵画に様々な草木のシルエットが暖色と寒色で遷移していく様に、アメリカの原野の季節の移ろいが、野にいるかのように感じられる。同じく植物をテーマにした、アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家、エミール・ガレの作品との共演も興味深い。
サム・フォールズ作「Spring to Fall」
世界観が類似したガレとフォールズの作品
庭とテラスから見る風景も美術館の魅力 展示棟を出たら、ガレの作品に登場する草花がそよぐ「エミール・ガレの庭」が広がる。ガレは植物学者としての一面もあり、この庭には作品に登場する草花から、瀬戸内の気候に合うものが植栽され、四季折々の花々を愛でながらの散策が楽しめる。緑地からも水盤に浮かぶ可動展示室を臨め、その先には穏やかに広がる瀬戸内海も。
水辺を囲んで広がるエミール・ガレの庭
望洋テラスへの遊歩道の沿道に咲くコスモス
順路の最後にはコスモスが咲く散策路を登り、エントランス棟の屋上の「望洋テラス」へ。名の通り、瀬戸内海と多島美を一望するほか、直下にはすべての可動展示室を見下ろせ、8色の建物がカラフルに浮かぶ。水盤の北寄りにはエミール・ガレの庭が広がり、海を隔てて浮かぶ宮島には、弥山や岩船岳の峰々。南寄りには大竹コンビナートの工場群の煙突が林立し、北側は経小屋山方面へ連なる山々も。
8色の可動展示室が望洋テラスから俯瞰できる
エミール・ガレの庭に瀬戸内海と宮島が一体に
自然と産業、芸術が融合する、広島を象徴するようなアートスペース。「世界で最も美しい美術館」で、移ろう季節の中で新たな感性を磨いてみてはいかがだろう。
より詳しい動画はこちらから視聴できます。
VIDEO
おさんぽ案内人
カミムラカズマ
散策の案内人・ライター・編集者。日本国内の街歩きと、食を訪ねる旅をテーマにした情報発信を展開。カルチャースクールでのおさんぽ講座ほか、社会福祉法人で介護レクリエーション「旅ばなし」も開催。 さんぽ講座の申し込みはこちらからよみうりカルチャー横浜