テクノロジーの進歩には、いままで難しかったことをやりやすくし、様々な可能性を広げ、新しい才能を開花させる、という側面がある。
東京都立石神井特別支援学校では、iPadを使って、知的障がいや発達障がいのある子どもたちに、彼らが生まれながらに持っているクリエイティビティを引き出し、解き放つ授業をおこなっている。
映像作品を創ったり、スライドショーを創ったり、音楽を創ったりと、取り組む幅は非常に広い。
見学させてもらった授業は、テーマに沿ってイラストを描きあげていくもの。
「持続可能な開発目標」をテーマに絵を描く
扱うテーマはなんと「SDGs(持続可能な開発目標)」。2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた17の目標で、「各国はその力を結集し、あらゆる形態の貧困に終止符を打ち、不平等と闘い、気候変動に対処しながら、誰も置き去りにしないことを確保するための取り組みを進めて」いくこととなっている。
非常に抽象度の高いテーマだ。
授業の冒頭、生徒のひとりが手を上げ、こう質問した。
「みんなでこれをやったら、平和になる?」
率直な質問。海老沢穰先生は、その問いに「なる。だから大人も子供も、この目標に向けてアイディアを出していこう」と答える。
先生は、資料を見せたり発言させたりして、生徒たちが、SDGsの概念を身近なものに引き寄せて考えられるようにしていた。しばらくすると、みんなが、自分なりのSDGsをイメージできるように。
次は、イメージを形にしてアウトプットする時間だ。
iPadとApple Pencilが生徒たちに配られる。
生徒の集中が一気に高まる。
カラー選択やアンドゥを楽々と使いこなし、のめり込むようにテーマに沿った絵を描いていく。
アッという間に時が経ち、作品の発表タイムになる。
楽しそうに発表し笑う子供。時間が足りなくて悔しがる子供。さまざまだ。
自分が今、特別支援学校にいることを忘れてしまう。テクノロジーを有効に活用すれば、支援が必要な子でも、テーマについて深く考え、アイディアを練り、アウトプットを出すことについては、なんの違いもない。
iPadが子どもの潜在能力を引き出す
授業を担当していた海老沢穣先生に、話を聞いた。
--- iPadを採用した理由は?
コマ撮りアニメがやりたい、というのが最初のきっかけです。
絵が苦手でも、映像だとアイディアを思い通りに表現できる子がいます。ただ、カメラが問題でした。デジカメで撮る→パソコンに落とす→編集するという手順が難しいんですけど、iPadだと簡単にできるんですよね。
KOMA KOMAというアプリを使ったのですが、これの操作はだいたいみんなわかったし、コマ撮りの原理も分かったし、アイディアを表現することがより一層可能になりました。
「指で操作する」というのは、子供にとってもわかりやすい。簡単にクリエイティブなことをするのに、iPadは向いていると考えました。
--- 実際にやってみて気づいたことは?
特別支援の場合は、子供たちができることはこのくらいかな、と、大人の方がリミッターをかけちゃう事があります。
しかし、僕の授業を見学する方も「これ、特別支援とか関係ないですね」って言われるんですよね。境目ってどこにあるのかなっていうくらい、すごく活躍の広がりがあるなと感じました。
--- 困っている点や苦労した点は?
都の条例でネットワークの規制もあり、たとえばWiFiルーターを教室ごとに持ち歩かなくてはいけなかったりします。iPadの台数もまだ足りないです。
また、特別支援だと、ICTは「できないことをできるようにするためのツール」という捉えられ方をされることが多いのですが、もっと子どもたちの潜在的な可能性を引き出すツールとして使えるということが広がるといいなと思います。
--- どのように生徒の将来に活用されていく?
最近取り組んでいるのが、プロジェクト型学習(PBL)を活用して、どんどんアイディアを出していくような経験をたくさん積ませることです。
経験が多いと、テーマに即したアイディアをもっと出して、クリエイティブな形で表現できるようになるんじゃないかと考えています。
そして、子供たちが、社会の課題をしっかり意識して、自分たちのアイディアが社会にどう役立つか、こんな風に活かせるんじゃないかという実感を持てるような教育ができるといいなと思います。
特別支援だから、大事に守っていくことも大切です。その上で、自分の中のすごい発想や、こういう社会になって欲しいという考えを、もっとクリエイティブにアウトプットできるようにしていく。そのツールとして、テクノロジーはとても役に立つのではないでしょうか。
SDGsが宣言する「誰も置き去りにしない世界」。
iPadなどの使いやすいプロダクトやテクノロジーが、そのコンセプトを軽やかに実装していく。
未来の見方が、少し変わった。
清田いちる
企画屋。ココログ、zenback、ドーナッツ!、Shortnoteなどのサービス立ち上げ、bouncy初代編集/編集長、ギズモード初代編集/編集長など、多数のサービスやメディアの企画運営をおこなってきた。個人ブログは小鳥ピヨピヨ(アルファブロガー・アワードなど、数度の受賞歴有り)。趣味はダンス。