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少子化が止まらない中、閉校した学校跡地の活用は全国的な課題となっている。東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市。そこでは地元の酒造会社「角星」が小学校の旧校舎などを利用して、日本酒造りを2021年秋から始めた。
現地を訪問し、ユニークな取り組みについて斉藤嘉一郎社長に話を聞いた。
外観は小学校のまま
気仙沼市役所から車で北上すること、十数分。対向車が少ない道路の左右には、民家がまばらに建つ。のどかな農村地帯を抜けていくと、明るい色の大きな建物が見えてきた。旧白山(はくさん)小学校だ。
建物外側の壁は塗り直されていて、まっさら。上部には「白山」の校章もついている。建物の外観は、ほぼ小学校そのまま。児童たちの歌声や歓声が聞こえてきそうだ。
ただし、土の校庭はなく、建物前は舗装されている。奥に目をやるとフォークリフトや軽トラ、さらには朱や緑色のケースも。それらから、ここが角星の醸造工場「白山製造場」として稼働していることが分かる。
2階には「放送室」の案内
斉藤社長の案内で、建物内部を見せてもらう。階段で2階に上がると、「授業の取材に来たんだっけ?」と錯覚しそうになった。
各部屋の入口には、「3・4年 伊藤学級」「放送室」「スタジオ兼視聴覚室」「図画工作室」などの案内が出ている。35年前に通った小学校を思い出した。似たような感じの廊下だった。
もちろん、どの部屋も案内通りには使われていない。角星の従業員のためのスペースや、お酒造りのための試験場などになっている。
表彰状や盾の展示も
そのうち一部屋には、旧白山小の歴史を振り返れる展示品があった。数々の表彰状やトロフィー、盾が並び、活発に活動していたことが分かる。白字で「白山魂」と掘られた木の板や「白山小学校学区地域マップ」もあった。
現在は、ほどんとの品々が棚に収容されている。近い将来、角星の品々と一緒に、さらにきちんと展示していく方針だと斉藤社長から聞いた。
旧白山小の卒業生や地域住民は、大歓迎に違いない。閉校になると多くの場合、建物は取り壊される。筆者の家の近くにも閉校となった小学校があった。そこは今では公園となっていて、往時の建物は何もない。
そうした歩みに比べると、ゆかりの品々も活かされている旧白山小は幸運だ。
現場感満載の「仕込み場」
建物1階部分や体育館は日本酒、ワイン、シードル(リンゴから作られる醸造酒)造りのために、大規模に改修されていた。
角星の看板商品は、日本酒「水鳥記(みずどりき)」。気仙沼内外で、広く愛飲されている。その商品名が入った作業着を羽織り、仕事をしている従業員の姿もあった。
日本酒の仕込み場に移動すると、大小のたるが並んでいた。部屋には独特の香りが漂い、品質管理のために涼しくしてある。まさに「日本酒造りの現場」の雰囲気が満載だ。ここに入ると、学校だったことを忘れる。
「目と鼻と耳で状況判断」
たるの一つには、次のような張り紙があった。「使用米:山田錦 精米歩合:55% 酵母:ほのふく4021 造り:特別純米」。それぞれ仕込み方を変えた酒を作っていた。
斉藤社長は、木製階段を最も上までのぼった。そして、たるに被せたビニールを外す。手で仰ぎながら、匂いを嗅ぎ始めた。先ほどまでの柔和な雰囲気が一変し、目つきは鋭く、表情が引き締まる。
酒造りにおける人のチェックについて、説明してくれた。
「(酒造りは)目と鼻と耳で状況判断するしかない。香りを嗅いだり、発酵状態で沸々と沸いてくる音を見て聴いて、状態が健全なのか不健全なのか判断してやらないといけない」
「どうしても分析値には出ずらいものがある。現場の者が感覚による判断をしていかないといけない」
ワイン・シードルにも挑戦
スマホが普及する時代になっても、経験に裏打ちされた「人の感覚」が日本酒造りを支えていた。それだけ精細な作業だし、やりがいも出そうだ。
酒造りへのこだわりと共に、斉藤社長が話したのは地元・気仙沼と共に歩む姿勢だ。
日本酒は海外で高い評価を得る一方、食生活の変化などを背景に国内消費は下落傾向にある。こうした状況変化を受け、角星ではワインやシードルの販売計画を進めている。
日本酒の米、シードルのリンゴは気仙沼産を使っていくメドが付いている。それに加えて、ワインのブドウも地元調達を目指す。
長期プロジェクトを覚悟する心を斉藤社長は、インタビューで次のように語った。
「農業生産者の方々と一緒にアルコール品を作り、地元を盛り上げながら共に発展したい」
思わず「うまい」
人口減の波に飲まれる気仙沼で、角星のみ「一人勝ち」を目指すのは無理がある。日本酒だけでなく、シードル・ワインにブランド力を持たせたいならば、気仙沼産にこだわる戦略は有効だ。もちろん、息の長い取り組みとなる。
将来、気仙沼産の「角星ワイン」が出来た際には、現地に飲みに行きたい。東北の新鮮な肉、魚と合わせた食事は、絶品になること間違いない。
少し未来の楽しみの前に、持って帰った特別純米酒「吟のいろは 水鳥記」を自宅で開封した。「吟のいろは」は、宮城県古川農業試験場が新開発した酒米。それを使った日本酒だ。
撮影を終えると、いそいそとグラスを手にした。一口含むと、鼻腔に香りがいっぱいに広がる。舌には豊饒な味わいがもたらされた。
「うまい」。思わず、こうもらした。
この感嘆は、東日本大震災を乗り越えるようとする、斉藤さんらのたくましさが言わせたものだ。震災から11年、たゆまぬ努力をしていることに敬服する。
この日、自分にできることとして、美酒を存分に味わった。
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みなさんも学校育ちの日本酒で、今晩の晩酌を楽しんでみては。