引田は香川県の東端に位置する、播磨灘に面した港町。城山がある半島に風が遮られる地形のおかげで、波穏やかな風待ちの良港を有し、中世以降には瀬戸内海を経て大阪などを結ぶ、商船の要港として栄えた歴史がある。
播磨灘を漁場とする引田漁港
係留岸壁から穏やかな湾を臨む
本町通りの商家街に往時の繁栄を偲ぶ
引田の町の起源は、戦国末期に形成された引田城の城下町。日用品や穀物、紙、綿などが集積する商業地になり、安土桃山期になると醤油醸造、江戸期に入ると「讃岐三白」と呼ばれる、塩や砂糖の生産も盛んな地となった。
江戸後期には、それらを取り扱う廻船問屋や豪商も現れ、本町通りに建ち並ぶ入母屋造本瓦葺漆喰壁の商家が、往時の隆盛を伝えている。江戸初期から醤油醸造と廻船業を営んでいた旧神崎家は、引田村で一番の豪商。
泉家と松村家の付近は本町通りの中心
神崎家の二階の虫籠窓の部分は、淡い緑色が鮮やか
泉家は海産物を扱う傍ら、酒やタバコの小売を行っていて、隣の松村家は魚の卸商をはじめ漢方薬販売、医院、書店・文具店など、幅広く手掛けた商家だ。
本町通り沿いに建つ旧引田郵便局。現在はカフェに
「引田御三家」の一つで庄屋を務めた日下家の長屋門
醸造で財をなした豪商の屋敷を見学
本町通りの北寄り付近は「引田御三家」といわれる豪商の、庄屋の日下家、醸造業の佐野家、醤油業の岡田家が集まる一角。佐野家は高松藩の郷士で、井筒屋の屋号で江戸期の元禄年間から醤油醸造、宝暦年間から酒の醸造を営んでいた豪商。
讃州井筒屋敷の蔵は食事処や物販店に活用
母屋に隣接する蔵には醤油業にまつわる資料を展示
佐野家の商家を公開した讃州井筒屋敷では、母屋と奥座敷、茶室など、江戸中期〜後期築の豪商の邸宅を見学できる。敷地内にはほか五つの蔵が並び、一角には創業期の醤油醸造に使われた、井筒屋文政樽も展示。
奥にそびえる樹齢200年のホルトの大木は、古くから佐野家の屋敷を見守り続けてきた大樹だ。
井筒屋文政樽は木曽杉で作られた130年前のもの
広々とした枝ぶりが見事なボルトの大木
伝統の製法を守り続ける弁柄色の醤油蔵
讃州井筒屋敷の蔵に沿って、本町通りを先へ進むと、敷地の先に続く弁柄色の蔵が目をひく。引田御三家の一つ、岡田家ゆかりのかめびし屋の醤油蔵で、江戸期の1753年(宝暦3年)に創業した老舗の醤油屋。敷地には登録有形文化財の、18棟の建造物が並んでいる。
かめびし屋。本町通りをはさんで店舗と作業場が並ぶ
日本の醤油醸造は、中国から伝来した醤をもとに、室町時代に小豆島や香川の沿岸の港町で始まったとされる。引田は大豆や小麦の産地に近く、塩は引田浦の塩田で作られるなど、醤油醸造の材料に恵まれていた立地だった。
引田には江戸期の最盛期に、10 軒ほどの醤油醸造所や酒蔵が存在したが、現在はこのかめびし屋のみ。伝統的製法「むしろ麹法」を続ける、全国で唯一の醤油醸造元で、昔ながらの蔵を用いて伝統の技法を継承、本物の味を守り続けている。
隣接する讃州井筒屋敷蔵の、白壁との色合いが対照的
街中のアートが漁港へと導いてくれる
引田の町中を歩いていると、建物の入口や壁面、商店のシャッターなどに、アート作品が施されているのが目をひく。これらは「湾岸アート」と題して、地域の活性化を目的とした「東かがわ市湾岸アートプロジェクト」の一環で描かれたもの。漁港へ至る動線や、海に面したスポットを中心に、描かれている。
漁港付近の倉庫にもカラフルなアート作品が
漁具とポップな絵柄が漁港の風景を彩っている
本町通りの周辺には、池田時計店の店頭にチャップリンとモンローが描かれ、もと中国銀行の建物を活用した大島歯科付近にも、パンダや花が題材の、シャッターアートやウォールアートが。たどった先の引田漁港には、湾岸アートプロジェクトのメインスポットである、長さ300mの長堤防が続いている。
池田時計店は引田駅から本町通りへの道中に位置する
本町通りと漁港へ続く道との交差点にもアートが
このプロジェクトはそもそも、この堤防にシカゴ美術館付属大学の学生が、海の生き物たち(精霊)をテーマにして描いた作品が劣化したため、修復を施したのがきっかけ。堤防のたもと付近から、護岸の岩にペイントを施したプチアート作品が続き、先端部に向かうにつれ、大規模なウォールアートが展開する。
海をモチーフにした色合いが、明るいイメージ
長堤防の中ほどに描かれた海の生き物たち(精霊)
作品は県内外の多彩な作家の手によるもので、幻想的な絵柄やポップなテイストなど、様々なタッチでバラエティに富んでいる。引田のブランド魚介「ひけた鰤(ブリ)」がモチーフの作品もあり、出世魚をテーマに子どものモジャコ、ツバス、青年のハマチから大人のブリへ出世する姿を、ユニークに表現。
ひけた鰤の作品はブリが順に成長する様子が描かれる
一番右側で立派に成長した大人のブリに
瀬戸内国際芸術祭2025でも注目
引田は瀬戸内国際芸術祭2025の開催エリアの一つになっていて、港や特産の手袋を題材にした作品も展示される予定。商家町と漁師町が隣接する港町を歩いて、アートにふれる散策を楽しんでみてはいかがでしょう。
より詳しい動画はこちらから視聴できます。
おさんぽ案内人
カミムラカズマ
散策の案内人・ライター・編集者。日本国内の街歩きと、食を訪ねる旅をテーマにした情報発信を展開。カルチャースクールでのおさんぽ講座ほか、社会福祉法人で介護レクリエーション「旅ばなし」も開催。
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